日本人駐在員のお子さまたちのお弁当事情 (2)

2015.11.03

海外駐在妻のお弁当よもやま話_8

 

日本人駐在員のお子さまたちのお弁当事情 2

 

 

「おむすびは、もう持っていかない。」とスクールバスを降りたとたんに
ランチボックスの入ったバックをお母さんに投げつけてきました。

 

「あぁ、おむすびは注目を浴びちゃったかぁ。」と母は心の中で今日のお弁当の失敗を反省。

「明日から、パンにピーナツバターとブルーベリージャムぬったのにして」と言う子ども。

 

 現地校であるアメリカンスクールに通学する子どもが一度は通る「おむすびシンドローム」。

今でこそ、海外で「SUSHI」はだいぶメジャーになって、真っ黒なカーボン紙にまかれたライスを
知ってもらえるようになりましたが、外国人が少ないアメリカの地方都市などでは、海苔巻きは
見たことがあても「おむすび」は、爆弾のように見えるらしく、特に小学生の低学年だと、
教室が大騒ぎになる。広い学校の教室を移動して校内キャンティーンの利用がなかなか難しい
低学年にとっては、お弁当がとにかく必須。

 

 

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でも日本人のソウルフードおむすびは、子どもたちのからかいや驚きの対象になって、
時には担任の先生までが、「それは何?」と言う質問。

 

 

海外生活がはじまって英語がまだおぼつかない頃、まだひとりではキャンティーン(学食)
には行けないなぁと、食べやすく食べなれたものをと思っておむすびを詰めるのだけど、
海苔についての説明さえも難しいのに、梅干しなんかが出て来た暁には、もうそれだけでギブアップ。

 

ちなみに、メキシコの日系人は、子どものころに「お味噌汁」をみた友人が「日本人は泥水飲んでる」
ってからかわれて、すごくつらかったんだとか…。食べ物が見た目で判断されるのは辛いねぇ。

 

 

 これが、インターナショナルスクールになると事情はまたちょっと違う。

海苔巻きは、超クールで、クラスメイトを週末に呼んで、パジャマパーティーのお泊まり会を
開催する時は、子どもたちから「おばちゃん、海苔巻き作ってね」と海苔巻きが目的の子ども
たちもやってくる。学園祭などで各国ブースを開催する時は、日本人ブースは、かならず「海苔巻き」
が登場。でも最近は韓国ブースにも海苔巻きが売られるようになって、「こっちが先の伝統食」
と押し切られ、日本人のママたちの「海苔巻きのスキル」の問題もあってか、焼き鳥とか、
唐揚げなんかに移行している昨今だ。

 

 

 ちょっとわき道にそれるが、こういう時の日本人コミュニティーのイベント作業と言うのは、
とてもPTAママたち泣かせなのだ。

 

海苔巻きの具材の統一、巻きの直径、切った厚さの統一、唐揚げひとつの大きさ、
焼き鳥の串に刺した肉の大きさの統一など、とにかく細かい指示書が事前に配られる。
模擬店なんだから…というあいまいなことは絶対にNG。

 

テントの設営から、配膳、会計、販売から後片付けまでのタイムスケジュールと、担当係りの割り当てなど、
いったいいつからこんなにめんどくさいシステムを世界各国のインタナショナルスクールの日本人PTAは
導入したのだ!と奮起に堪えないときもあったのでした。

 

 

おとなりの韓国ブースはいたって平和。

 

 

「あらぁ~、今日は午後は来られないのよ。パパがゴルフで、に下の子のお迎え。
海苔巻きも作れないから、その分$50ドルするわね。」というママ。
朝早くから来ていた他のママは「あらそうなの?」ってちょっと眉を上げてむっとして
肩をすくめるだけなんだなぁ。
これが一人や二人じゃないの。やれる人ができる時になればいいよねっていう姿勢。
模擬店の目的が学校への寄付なら、お金済ませちゃおうって合理的。

 

こういう時に、日本人は、何があっても全員で参加、平等に仕事の分担と奉仕に燃える、
真面目で勤勉な日本の国民性がすごく出ちゃう一場面。

 

 

 アメリカンボーイに絶大な人気を誇るピーナツバター&ブルーベリージャムサンド。

パンの片面にピーナツバター、もう一枚にブルーベリー。そしてペタンと合わせて、ジップロックへ。
林檎が一緒に紙袋に入っていておしまい。

 

キャンティーンもレンジでチンの食事がメインとあって、日本人ママはどうしても
2ドルミールを食べさえる気にならないのだけどね。

 

 赴任当初に買いそろえた可愛い弁当箱にパンの耳が美しくきり揃えられて、
ハム・チーズ・レタスのサンドイッチが並ぶのは、最初の一年くらいかな?

 

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 ニッポンの少年よ。「クールだろう!」ってウインクしながら、どこででも
「爆弾おむすび」に、豪快にかぶりつく!

 

そんなたくましさも一緒に育ってほしいと、密かに思ってしまう駐妻でした。